同窓会

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昨日は、高校時代の同窓会でした。
卒業後随分、時がたったので重い腰をあげての出席でした。

しかし、行ってみますと久しぶりなのはわたくし側の都合で、
幹事さんは5年毎に大変な思いをして頑張って来られたんだと、
長く出席していなかったのを申し訳なく思いました。

久しぶりに参加する同窓会は、そりゃあもう会話が怖い!
そもそも、ここ何十年と高校時代の友人には会っていません。
もう、旧姓を聞いても顔を拝見しても、全くの他人!思い出せません。

これは、うっかり誰とでもお話をすると、「あなただ~れ?」と
あちらもこちらも解らない状態で弾む話も弾まないんじゃないか?と
怖くて仕方が無い。

同じテーブルを囲んだ面々も、左側にお座りになられた方も右側にお座りになられた方もかすかにも思い出せません。
唯一、お向かいに座られたあ~あなた!覚えているわ。
一人でも覚えていれば何とかなるわ…と噛み合わないまま会話が続く…
あら、恐ろしや!

そうしているうちに同じテーブルの方がどこからかお宝のようなブックを持ってきた。
卒業アルバムです。

で、ここにいるよ~等と声が飛び交う中、
わたくしに「高三の時、何組?」と聞いてくる。
「いや、それが解らへん」
「じゃ、担任は?」
「それはもっと解らへん」
「誰と同じ組やったん」
「ん~誰かな?」
「ホンマに49回生なん?」と言われる始末。

しかしありがたい事に、どの方も解らないのだけれど、
卒業アルバムの「この子よ」と言われると、「あ~覚えてる覚えてる」となるから不思議です。

卒業アルバムのお陰で、大分いろんな方のその後を知る事になりました。

高校の時の同窓生ってちょっと普通では考えられない空気があるものです。

わたくし達は社会人になってから、ほとんどが敬語か尊敬語の会話です。
よそよそしく、ある一定の壁を持って仕事軸での会話となっています。
仕事じゃなくてもご近所付き合いもほとんど、相手を敬う言葉遣いに気を使っています。

それがですよ、相手がだれかさっぱりわからないのに、
まったく高校の時のあの屈託のない喋り方になっています。
あけっぴろげでおしゃべりが出来るところがかなり不思議です。

そんな意味でも、「学校生活」という歴史が自分にある事を思うと
それ自体が財産のように思えますよね。
非常に楽しい時を過ごしました。

何十年ぶりかの同窓会、参加して良かったと思い出に残る1日でした。

葉月硝子

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